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日本にとって教訓となるトヨタ騒動 [海外メディア記事]

久しぶりに、『ニューヨーク・タイムズ』の日本支局長マーチン・ファクラー氏の記事を紹介します。日本は、第二次産業から第三次産業に軸足を移すべきであることに、このリコール問題を機に日本人が目覚めるべきだということを、野口悠紀雄などのインタビューを通して浮き彫りにしています。
ちなみに、ファクラー氏は今回の記事のように、政治・経済ネタだけではなく、日本の地方にスポットを当てた記事も書いており、私はそのほうが好きだったりするのですが、なかなか書いてくれないのが残念。以下に、私がすでに紹介したファクラー氏の記事のURLを掲げておきます。
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-10-12
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-09-23
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-09-04

MARTIN FACKLER Published: February 8, 2010
http://www.nytimes.com/2010/02/09/business/global/09toyota.html

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  トヨタ自動車の豊田章男社長は、トヨタの評判を損ねたリコール問題のことで謝罪したとき、自社の運命のみならず、日本の運命にも言及した。

「私は、トヨタを業績回復の道に立ち返らせ、日本の再活性化に寄与することを望んでいる」。

かつては、グローバルな経済大国に上りつめる日本の先導的シンボルだったトヨタは、いまや日本の衰退のもっとも目立つ兆候の一つになってしまった。しかもリコール問題が持ちあがる前でも、日本のライバルとなる韓国や中国の企業は、半導体からフラット・パネル型のテレビに到るまでの基幹産業で日本に追いつき始めていた。そして、トヨタは、また一つダメージとなるリコールの発表をしなければならない雲行きなのだが、今度は有名なハイブリッド車であるプリウスのリコールなのである。

「この調子では、日本は海に沈んでしまうかもしれません」。そう述べるのは、エンジニア養成に特化した大学である「ものつくり大学」のタナカ・マサトモ教授。「トヨタが健全でないなら、日本が健全でない、ということなのです」。

多くの経済学者や経営者は、製造業と輸出産業に依存する日本の産業構造が(それは第二次世界大戦後の日本に大いに貢献したにしても)、もはや賢明ではないことを理解するためには、トヨタのトラウマが覚醒させる一撃になればいいのだがと思っている。
 
 早稲田大学の野口悠紀雄教授は、日本は最終的には、脱-工業化し、サービス分野に重点をおく経済に進化しなければならないと述べた。こうした移行には苦痛が伴うもので、1980年代のアメリカやイギリスがそれを味わった。また、日本は、品質管理の問題が生ずる大量生産品ではなく、ロボットや燃料電池のような高性能で利益率も高い製品のみに焦点を絞るべきだと言う学者もいる。

  「トヨタですら失敗することがあるのです。レクサスですら、プリウスですら、同じことが起こりうるのです」と野口氏は言った。「世界トップのわが国の製造産業はもはや世界トップではなくなるかもしれない。これは、国民の心理に多大なる影響を与えますね」。

  トヨタの存在は、日本が企業城下町に見えるほど巨大である。トヨタは、売上高では日本最大の企業であり(昨年度は2300億ドル)、近年では収益性が最も高い企業であり、最大の納税者であった。

  トヨタはまた、日本最大の広告の買い手でもあったので、日本の主要メディアはトヨタを批判するのを恐れてきた。2008年末、前のトヨタの社長奥田碩は、彼があまりに批判的なメディアのスポンサーをおりるぞと脅しさえした。

  トヨタは長い間日本国内では、陶器や日本刀に見られるような、数世紀にもわたって理想であり続けてきた完璧な職人技である「ものづくり」の最大の実践企業として、日本国内ではほとんど神聖視されるような地位を享受していた。

  この職人技の誇りが工場内に解き放たれた結果が、戦後日本の「奇跡」の秘訣であり、日本のエンジニアたちがデトロイトのエンジニアを凌駕する一助となった文化的アドヴァンテージであると広く認められている。あの理想が衰退しつつあるかもしれないことが、トヨタのセルフイメージを壊し、メディアに不安を広げ、日本経済についての心配の種をまたひとつ増やす結果になったのである。

  もっと視野を広げてみれば、この出来事は、日本の長期にわたる経済の停滞が1990年代初頭から始まって以来、緩慢とした動きではあるが、すでに進行中の産業構造の変化のスピードを加速化することになるかもしれない。内閣府によると、製造業は、2008年の日本の経済生産全体の22%だったが、これは1990年の28%から見れば落ち込んだ数字である。

  この経済構造の変化は、2000年代に入り減速した。円安が輸出の急増に拍車をかけ、それがトヨタを益し日本に第二次世界大戦以降最長の景気をもたらしたからである。しかし、輸出に依存する経済構造が脆いことは、最近の金融不況の際に露呈してしまった。アメリカやその他の国の消費者が車やフラット-パネル型のテレビの購入を控えると、不動産市場や証券化の問題に関係していなかったにもかかわらず、経済大国の中では、日本が最も打撃を受けたのであった。

  しかし、製造業が経済全体に占める割合は、アメリカの12%というレベルをはるかに上回っている。しかも、日本の経済学者やジャーナリストで、産業構造を早急に変えろと主張する者はほとんどいない。むしろ、日本は、重工業を、よりいっそう多くの情報技術やソフトウェア(日本が弱い産業)に換えることで新たなバランスをとる必要がある、というのが大方の感じ方だ。

   同時に、日本は依然として、工作機械、代替エネルギー技術、ロボット工学のような最新鋭の工業分野(日本が強い分野)での高度な技能をもつ小規模生産者を機械のツールのように活かしながら、高品質の工業製品を生み出す中枢として自分の強みを発揮することができる。生産に使われる先端機械の多くは今でも日本で作られているので、韓国や中国といった所で工場建設が新たにブームになったことで、売り上げを伸ばした日本の企業もあったのである。

  しかし、ここにも危険がある、しかもトヨタの苦労に見られるような危険があると言う経済学者もいた。彼らによると、日本の企業は最新設計に囚われすぎるようになっていて、使い易さだとかデザインといった消費者に訴えるポイントを見逃しているのだという。それこそソニーに起こったことであると彼らは言う。ソニーのディジタル・ウォークマンはアップル社のiPodよりも良い設計なのだが、人気ははるかに劣っているのだ。

  「トヨタはその生産システムや、「カイゼン」、「ジャスト・イン・タイム」といった概念をとても誇りにしていましたが、それがおごりになりました。一番大事なこと、つまりお客のことを忘れてしまったのです」。東京大学で生産管理を教えるヨシザワ・リョウコ教授はそう言った。

  この産業構造の転換は日本にとって困難なものとなるだろう。日本では、多くの政策決定者や専門家は依然として、重工業や消費財についての古臭いモデルにしがみついているように見えるからだ。日本が巧くやり通せるならば、日本はひとつのモデルになるだろう。もし巧くやり通せなければ、日本は低賃金の国々との競争によって衰退し続けるしかないだろう。

  「トヨタのこの騒動がわが国の経済を見る私たちの見方を変えてくれることを私は望んでいます」と野口氏は言う。

  「もし私たちが古いタイプの産業にしがみ続けるならば、私たちは生き残ることはできないでしょう」 」。








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