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恐山―それは再会の場所 [海外メディア記事]

  一応これは、シュピーゲル誌の観光ガイドの記事なのでしょうが、それにしても恐山とは、何とディープな観光記事。と、日本人なら一瞬誰もが思うでしょうね。

  しかし、この記事を読むと、恐山は再会の地であり、安らぎの地であることが判るのではないでしょうか?
  恐山は、あまりにも興味本位に恐ろしげなイメージだけが喧伝されてきました。ネットにある旅行記でも、まるで「心霊スポット」に行くような書き方しかしない記事が多く見うけられます。軽薄ですね。そうではなく、ここは再会の場所なのだと書いたこの記事の筆者Sonja Blaschkeさんは、よくこの地の本質を見通したと言えるのではないでしょうか? 

   
Schamaninnen in Japan Nachrichten aus der Unterwelt
Von Sonja Blaschke
http://www.spiegel.de/reise/fernweh/0,1518,655626,00.html

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日本のシャーマンたち  冥界からのメッセージ

 有害な火山ガス、ゴボゴボ泡を立てる硫黄の川:「恐怖の山」恐山には冥界への入り口があると多くの日本人は考えている。年に二度、ここでシャーマンの女性たちは、死者たちと出会うことができる機会を提供するのだが――混雑は大変なものだ。


 「恐怖の山」恐山の火山特有の風景には硫黄の異臭が立ち込める。しかし本州列島北端にあるこの山は、日本の三大霊場の一つとして、人気のある巡礼地となっている。なぜなら、ここでは、霊媒として死者の声を再現できるとされる盲目のシャーマンたちが活動しているからである――地獄のように見えるが、天国に最も近いとも言われるこの土地で。


 高さ879メートルの恐山に観光客が訪れることはめったにない。冬になると青森県は数メートルの雪に埋もれる。傾斜のある屋根を雪の重みから守るために、どんな家にも屋根にのぼるための梯子が取り付けてある。11月から4月までこの山は入山禁止となる。それ以外の期間には、7月の終わりと10月の中旬に二度の祭りが開かれる。


 この時期、「いたこ」と呼ばれるシャーマンたちが、此岸と彼岸の境界にあって死者達を呼び出し、生きている者のために助言を請うのである。円通寺境内に通じる山門のすぐ裏のところにいたこたちは、青いプラスティック・シートとヒモと木製や金属製の棒から即席に作った小さな小屋に座っている。ほとんどの女性は半盲か全盲で、すでにこの硫黄が立ちこめる山で多くの夏を過ごした。着物を着ている女性もいるが、それ以外の女性は洋服を着ていて訪問者とほとんど変わらないいでたちである。



  予約は不可能


 彼女たちは、話している間、黒い球を結び合わせた重そうな数珠を指の間に滑らせる。その声の調子や声域は、彼女たちが死者の声で話し始めるとすぐに変わる。女性たちは、一日に12時間、ほんの短い休憩を取るだけで、働き続ける。一人につき3000円(約12ユーロ)の支払いが相場だという。多くの人はそれに生活物資を添えて差し出す。


 「心身をとても消耗する仕事なんですよ」と、行列を作って待っている女性は思いやって言う。郵便局のように、ちょっとでも待ち時間を割り引くことができないといって不平を口にする人もいた。なぜなら、いたこは予約を受けつけないからである。一人につき約15分かかるので、一日中待つということもしばしばある。訪問者の大部分は、子供を亡くした親である。


 ある若い男性は、朝の9時にはもう並んでいたのですが、と顔をしかめて言う。午後の5時半ごろ、彼は小さい小屋の縁の所にようやく達したが、小屋の屋根の下にはまだ何人かが小椅子に座って順番を待っていた。

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 最良の機会を得られるのは円通寺境内で宿泊した客である。一人当たり12,000円(88ユーロ)で円通寺は、温泉、精進料理、読経唱和のサービス付の巡礼者用の宿泊所を提供している。来年五月一日以降の予約は、一月一日から可能。


 事故死の後の再会


 それ以外の訪問者は寺の開門時間を待たなければならない。8時間離れた静岡からやって来たオータニ夫妻にとって、そうしたことすべてはもう目新しいことではない。彼らはもう何度もこの山門前に来ている。亡くなった息子と再会するために、10時間も彼らはじっと待ったのである。15分後小屋から出たとき、彼らは解放され気持ちが軽くなったように見えた。「三人の息子の一番下の子が、20歳のときに自動車事故で亡くなったのです」と彼らは話してくれた。


 彼らには、その子にもう別れを告げることもできなかったし、もう多くを語りかけることもできなかった。彼の死の一年後、彼らは恐山にやって来るようになった。彼らは――シャーマンの女性の声を通して――息子と話し合い、事故のことや今どうしているかを息子に尋ねようと思ったのだ。結局のところ「もう一度息子にまた会いたい」という思いだけなんですよとオータニ夫人は、こちらの心が痛くなるような美しい笑顔でそう語った。


 彼ら夫妻はこうした願いを、境内を越えて地蔵尊の石像の前に供物を置いて祈る多くの親と共有している。この願いは、本堂脇の月面のような岩場に無数にある祭壇の形をしたようなものにも反映されている。ここでは、亡くなった子供の霊が、地蔵尊に救われるまで、霊界で小石を積み上げなければならないと信じられているのである。



  風車とドリンク・ヨーグルト

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 親たちは手分けして、積み上げられた小石の山を思い出の品で飾り立てる――こちらには野球帽、あちらにはTシャツ、またあちらには一組の靴。子供のお菓子の横に子供のおもちゃ。とくに目をひくのが沢山ある小さいドリンク・ヨーグルトで、おそらく亡くなった子供の健康を思いやって持ってきたものだろう。墓に擬せられた石の山の上に色鮮やかな風車が回っている。風車のカタカタという単調な音は、子供の霊を呼び寄せるとされるのだが、竿の部分に付いている金属のリングの打ち鳴らす澄んだ音に混じって聞こえた。

 
 約500メートル四方の境内の端には、日曜ともなると、宇曽利湖を前にした白い砂浜に巡礼者が腰を下ろしたりピクニックをしている。輝くほどの青い空の下では、まったく牧歌的風景と言っていい。エメラルド色の湖の水が肌にも体に毒であり、この辺り一帯が死者のための追憶の場所であるという事実がなければ、であるが。というのも、ここを訪れる人の周りの砂浜の至る所に、花束や、長いろうそくや、故人の名前を刻んだ長い位牌や風車が埋められているからである。背後の藪には標識が毒蛇に対する注意を促していた。

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 恐山は多くの顔をもつとはいえ、何といっても恐ろしい要素が山ほどある。卵をも腐らせる悪臭、淡黄色の蒸気が地面から漏れ出るときのシューという音(そしてその蒸気は硬貨を黒く染めてしまうのだ)、硫黄を含む水が小さな水路を流れる際のドクドク・ゴボゴボという音、しばしば厚い霧が立ち込める山の噴火口。だから、多くの日本人がここにあの世につづく途を想定するのも驚くべきことではない。それに対して、西欧からの訪問者を魅了するのは、恐ろしげな景観そのものではなく、静岡から来たオータニ夫妻が話してくれたような人間の物語りなのである。

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